ふきのとうのスタッフが日々の活動を綴ります。
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2014年04月04日 (金) | Edit |
最近は、事務所からご利用者宅を車で往復することが多く、地域を歩き回る機会が持てていませんでした。

今日は、桜を見がてら、自宅から少し離れた所に車を停めて、のんびり歩きながら訪問したのですが、
いつもは通り過ぎるだけの道に、いっぱい新たな発見がありました。

近隣の方の集い場になっているベンチや昔の道しるべ、住民だけがしっている抜け道など
歩くからこそわかる情報がいっぱいありました。

また、畑で土をいじっている方と挨拶をしたり、ちょっとした世間話をする中で、
貴重な話を教えてもらうこともできました。

地域福祉の基本は、地域巡りなのですが、その基本を再認識できた1日になりました。

”ぽんた”ひろ
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2012年01月07日 (土) | Edit |
年末から「社会保障と税」についてのニュースが毎日のように新聞に掲載されるようになりました。
仕事柄 もろに影響を受ける内容ですので、注意して読むようにしています。

高齢化のピークとなる2025年に適切な医療と介護が受けられる社会づくりを目標にしているようですが、
自分たちの生活にとって本当の改正になって欲しいものです。

今日も神戸新聞3面に改革素案がでていましたが、けっこうショッキングな記事でした。
注目したのは平均入院日数の数字です。
もちろん、入院日数の長短で医療の善し悪しが決まるわけでもなく、長く入院できるから良い医療だとも思わないのですが、
本当の意味や中身のニュースが少なく、このような数字だけが独り歩きする怖さを感じています。
なぜ入院日数を短くするのか、それによってどのような効果が生まれるのかをしっかりと周知して欲しいものです。

まだ自分自身も詳細な情報収集ができておりませんので、今日はこれくらいでご勘弁を。
後日 詳しく制度解説をさせていただきます。

”ぽんた”

2010年02月25日 (木) | Edit |
福祉分野で「プロ」という表現はあまり使われない言葉ですので、
このタイトルに違和感を覚えられる同業者の方も多いのではないでしょうか?

個人的には、自分は「福祉のプロフェッショナル」になりたいとも思ってますし、
そうでなければならないとも考えています。

福祉を生業としているので、プロであって当然だという考えが一つです。
どの分野でもそうですが、仕事として行い、それに対して対価をもらっている以上、
結果を伴わなくてもよいなんてことはありえないはずです。
今は医療の世界でも、手術の失敗で裁判に敗訴するなんて当たり前になってきてますよね。

では、福祉分野ではどうでしょうか?
確かに、支援の方法に正解がないと言うのも正論だと思いますが、
正解がないからと言って、結果が伴わなくても良いのでしょうか?
頑張って、努力して、一生懸命しているから、それだけで良いとはどうしても思えないんです。
もちろんその努力している姿は、すばらしいことですし、その姿だけで支えてもらっていると
思われる方が多いのも事実です。
決して努力することを否定するつもりもありません。

しかし、福祉を仕事でしている(対価をもらっている)人間は、
努力する(その時自分が持っている100%の力を出し切る)ことは
当然だと思うのですが・・・
それが最低限の仕事だと思っています。
だからこそ、努力するだけではプロの仕事ではないと考えるのです。
努力に伴う結果が求められてしかるべきです。

ここで自分が言う結果というのは、支援を受ける方の満足度と考えてもらえると
分かりやすいかもしれません。
一人一人の満足度は違って当然ですので、正解と言うものはありません。
唯一の正解は、その方が満足してくれたかどうか だけです。
自分自身は、支援方法やその結果を自己評価しないようにしています。
自分にはとても甘い性格なので、頑張ったという評価しかしないからです。
しかし、プロである以上、自分のスキルが低いためにできなかった支援であれば
それは自分の責任でしかありません。

自分は仕事ですので、1回目の方への支援が上手くいかなくても
2度目の(別の方を支援する)チャンスはもらえるのですが、
1回目の方からすると、その時は一生に一度しかないタイミングで、
やり直しはできないんです。
であれば、その時自分も持っている100%の力を出し切るのが、プロであると考えています。

まだまだ支援者としてのスキルは低いのは事実です。
自分よりレベルの高い支援者であれば、良い結果を導けるだろうと思うこともよくあります。
だからこそスキルアップのために、支援方法の振返りや再確認、日々の勉強が欠かせませんし、
それをしなければ、プロフェッショナルではないと思うのです。

支援を受けられている方々、ぜひ支援者の評価をしてやってください。
満足がいかなければ、素直に不満をぶつけてやってください。
それがプロを育てること、福祉分野全体のレベルアップに繋がっていくはずです。
もちろん私への評価もお願いします。
同業者の方からの評価もぜひお願いしたいものです。
同じプロとして、切磋琢磨していけると最高ですよね。

長々と取り留めのない主張になってしまいました。
いろいろな方からご意見、ご批判をいただきたいと思っています。
自分とは異なる意見や批判を受け入れて、学習していくのもプロならではですよね。
辛口コメントよろしくお願いします。

でも、少しは応援コメントもくださいね。
(これでも繊細な心の持ち主のつもりですので

村上弘幸

2008年09月24日 (水) | Edit |
皆さんは、口から食事を摂るというのは特別なことを思われますか?
ほとんどの方が、当たり前のように口から物を食べたり飲んだりしてますよね。
でも、大きな病気の後遺症で食事や水分を口から摂取できなくなってしまう方もいるんです。

正直に言うと、自分はその方がどれくらい辛い思いをしているのかは分かりません。
想像に絶する辛さだとは思いますが。

ご本人様はもちろん辛いでしょうが、それを見るご家族の方も気持ちが理解できるだけに辛く悲しい思いをされています。できれば「食べさせてあげたい」と。

もちろん医師から止められている場合であれば、気持ちは分かりますが、専門職としては食べさせるわけには行きません。
でも・・・本人も家族も食べさせることで背負うリスクをしっかり理解して納得した場合であれば、
個人的には「食べてもいいのでは。」と思うんです。
これを読んだ医療関係者は「とんでもないこと」と怒られるかもしれませんが、自分がその立場になれば、そうするかな と思うんです。医師でなく自分で決めたいと思うんです。

ある程度の尊厳死も認められてきている時代ですので、もう少し柔軟に考えられる世の中にならないかな~と思うことがありました。
色々な医師がいて、色々な考え方があると思いますが、もう少し患者や家族と医師との心の距離が縮まることを願っています。

思いのままに綴ると、取り留めのない文章になってしまいました。ごめんなさい。

村上”ぽんた”ひろ


2008年07月02日 (水) | Edit |
「支援」を辞書で引くと「他人を支えて助けること」と書かれています。
福祉の世界では、「支援者」と「要支援者」という言葉がよく使われ、社会福祉士やケアマネジャーは支援をする側と言われることが多いんです。
確かに、「他人を支えて助けること」には間違いはないかもしれませんが、個人的にはちょっと違和感を感じることがあります。

一般社会で、一方的な支援なんてことはあるのでしょうか?
どのような関係でも双方向(互いに助け、助けられる関係)に力が働いていると思っています。
それは相手との関係が対等であるからで、決して上下関係ではないからです。

では、なぜ福祉の世界では「助ける人=支援者」、「助けられる人=要支援者」と言うのでしょう。
上下関係とまでは言いませんが、そこには平等ではない関係があるように思えてなりません。
「福祉の常識は社会の非常識」とよく言われますが、このような言葉もその一つかもしれませんね。

かと言ってこの表現が一番良いと提案できるほど勉強もしていないので、今日のところは問題提起ぐらいしかできません。
福祉業界以外の方から、ご意見をいただけると幸いです。

今後も時々、福祉業界の疑問に思うことを問題提起していきたいと思っています。
次回は「言葉遣い」にしようかな。

たまにはまじめなことを綴ってみた 村上”ぽんた”ひろでした。

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